2020-02-19 第201回国会 衆議院 予算委員会 第14号
具体的には、山階宮、賀陽宮、久邇宮、梨本宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮、北白川宮、伏見宮、閑院宮、東伏見宮の十一宮家五十一方でございます。 その皇籍離脱を審議いたしました昭和二十二年十月十三日の皇室会議におきまして、議長である片山哲内閣総理大臣から説明がなされております。
具体的には、山階宮、賀陽宮、久邇宮、梨本宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮、北白川宮、伏見宮、閑院宮、東伏見宮の十一宮家五十一方でございます。 その皇籍離脱を審議いたしました昭和二十二年十月十三日の皇室会議におきまして、議長である片山哲内閣総理大臣から説明がなされております。
この山階宮、賀陽宮、久邇宮、梨本宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮、北白川宮、伏見宮、閑院宮、東伏見宮、たまたまこれ、右から読んでいるんですけれども。 これ、よく見ていただきますと、旧宮家のうち、竹田、北白川、朝香、東久邇の四家の御当主様は、それぞれ明治天皇の皇女と御結婚されておられます。昭和天皇は、久邇宮家から皇后をお迎えになられておられます。東久邇家には昭和天皇の第一皇女が嫁がれておられます。
次いで常陸宮殿下でございますが、ただいまの建物は、元東伏見宮妃殿下のお住まいでございましたが、その後東宮殿下が——自主太子殿下が一時御使用になったことがあり、その後常陸宮様がお入りになったわけでありますが、これは戦争中に焼夷弾を受けたりして、屋根が抜けて雨が入ったりいたしまして、ドアなんかがきちっと幾ら直してもまたあかなくなるとか、あるいは古い木からキノコが生えるような状態を見ているわけであります。
そういうような状況でございまして、あと残りますのは常陸宮さまのお住まいでございますが、これは前に東伏見宮妃殿下のおうちとしてつくられたものを宮内庁で使っておるわけでございますが、これは戦争の被害も受けておりますが、だんだん古くなりまして、戦争の影響で一応ひずんだところを直したりした建物でございますが、ドアなんかあかなかったのをようやくあけたようなものでございます。
閑院宮樣が五百六十八萬一千圓、東伏見宮樣が、百九十一萬五千圓、伏見宮樣が七百九十二萬圓、山階宮樣が百五十四萬三千圓、賀陽宮樣が百七十四萬圓、久邇宮樣が七百四萬八千圓、京都の久邇宮樣が十八萬六千圓、それから朝香宮樣が千六十七萬九千圓、梨本宮樣が三百六十八萬六千圓、東久邇宮樣が三百三十一萬圓、北白川宮樣が八百四十三萬八千圓、竹田宮樣が六百二十二萬一千圓ということになつております。